
西洋の城より突き出た石造の小塔LA TOURELLEと愛称。
日本橋本町に佇む、唯一無二の芸術建築
日本橋本町の「La tourelle」は、花崗岩の重厚な「石の力」より高堂には佳気の力が満、精神性密度が極まる。そして伽羅木が天へと突き抜けて上昇機運を与えている。その浄化された芸術建築は何ものも受入れる度量が有る「石の小塔」。
美と石の建物は寛永三年より続く京都の木版本の出版家、寺田家九代目・寺田庄造氏の芸術の振興と更新を理念に、日本橋本町とベルギー・ブリュッセルに対を成す建造物として創出された。建造物の主体をなす花崗岩は、中国山東省青島ラオシャン産が用いられ、青島の石工の手による削りの風合いは建造物の佇まいを揺るぎないものとする。どっしりとした石造の建造物を支える4本柱の杭は地中30mの岩盤上に届く。白亜紀に拘った大理石の床には、オルトセラスやアンモナイトなどの化石を見てとれ、象徴的な螺旋階段の中心部に貴重な香木の伽羅の大木が吹き抜け空間を貫き上昇する気運を象徴している。最上階には西洋の屋根裏部屋を思わせるペントハウスが設えられ、勾配屋根の天窓から穏やかな自然光が注ぎ込まれ、さらにラダーの先には小さなベッドスペースが隠され、静かな休息の場が有る。この芸術建築に費やされた金額は、当時一般の建物の三倍を要し、現在に換算すると工費は計り知れず、同時に花崗岩の再調達と石工の手立ても難しい現在において、得難い芸術建物。










数千年を経て宿したの「石の力」は波動として心と身体に心地よい刺激を与えると推測され、心の安定と落ち着きを実感できる「石の建物」。それは新たな気運へえの「力」となる。


日本橋本町は、寛永期に江戸にて初めて形成された、東京の始まりの街「おおもとの街」そこに西の人々と物資と共に文化がもたらされた。現在は本町付近開発の渦中にあり、日本橋と江戸橋の空を仰ぐ景観を取り戻す、高速道路の地下化計画もはじまり伝統と歴史を礎にする本町には奥深く頼もしい未来へと始まり街、始まる日本橋本町の「La tourelle」。
日本橋本町の圏内には皇居より始まり、東京駅、日本銀行、三井美術館、アーティゾン美術館、三越本店、コレド日本橋、コレド室町、マンダリンオリエンタル、人形町にくだると老舗の食所が軒を連ねて江戸の情緒が残る。




